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「似たようなものを選んでいる時間が、たぶんちょうどいい」
コンビニで温かい飲み物を買うとき、だいたい一度は迷う。
ホットコーヒーにするか、カフェラテにするか、たまに甘いものにするか。
どれを選んでも大きくは変わらないのに、なぜか少しだけ真剣に考えてしまう。
結局いつも似たようなものを選んで、レジで受け取って、そのまま外に出る。
あの数十秒の、どうでもいいような時間に、妙に区切りをもらっている気がする。
ありがたいことに、やることはだいたいある。
カレンダーに書いてあるものもあれば、書いていないものもあって、気づいたら自分で増やしていることも多い。
忙しいというよりは、いつも何かしらに軽くつままれている感覚に近い。
それ自体は嫌いじゃない。
ただ、どこで力を抜くかは、ちゃんと考えておきたいと思っている。
昔から、カフェが好きだ。
純喫茶も好きだし、モダンなカフェも好きで、都内はいろいろ巡ってきた。
地方に行った時も、気づけばその土地のカフェを探している。
コーヒーそのものも好きだけど、それ以上に、あの空間ごと好きなんだと思う。
ストレスの解消方法はいろいろある。
買い物でお金を使うとか、カラオケに行くとか、体を動かすとか。
自分はあまり、そういう方法を選ぶことは少ない。
その代わりに、カフェに行く。
仕事の現場の近くでは、だいたいカフェを探す。終わりに寄ることもあるし、少し早めに着いて、合間に座ることもある。休みの日でも、気づけば外に出て、どこかのカフェに入っていることが多い。
メニューをそれっぽく眺めて、名前の響きで選んで、カップを受け取ると、それだけで一度区切りがついた気になる。
椅子の高さとか、机の広さとか、店員の声の柔らかさとか。
どれか一つでも合っていないと気になるくせに、全部がちょうどいいと、それだけで長居する理由になる。
隣の席の会話が、聞くつもりもないのに少しだけ耳に入ってきたり、氷がグラスに当たる音が妙に気になったり、コーヒーの匂いがふと濃くなる瞬間があったりする。
何か特別なことが起きているわけでもないのに、「今ちゃんとここにいる」と思える時間が続く。
何かをしようと思って来ているはずなのに、目に見える形では進んでいないことも多い。
それでも、返していない連絡を思い出したり、昨日作った曲のフレーズを頭の中で何度もなぞってみたり、そのときに必要なことを、ゆっくり考えている時間でもある。
ここにいると、「追われている」感じが、少しだけ変わる。
家だと、同じ場所にいるだけで、やることだけが前に出てきて、考えているつもりが、ただ順番を急かされているような感覚になる。
カフェだと、少し違う。
仕事のことも普通に考えているのに、
「追われている」感じが、いつのまにか「自分で並べている」感じに変わる瞬間がある。
順番も優先も曖昧だったものが、机の上に広げられていくみたいに見える。
うまく逃がす方法をたくさん知っているわけではないけど、自分にとっては、カフェに行くことが一番近い。
心に少しだけ隙間ができる場所。
もし誰かにとって、そんな場所のように、自分がなれていたらと本当に思うし、そうでありたいと思う。
そうなろうとしすぎるよりも、ちゃんと続けていけることのほうが大事な気もしている。
そんなことを考えながら、今もカフェでこれを書いている。
こんなとりとめのない文章を書いている時間が、たぶん一番、余白に近い。
秋谷啓斗
